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※本文中の役職等は取材当時のものです。

“超エコ”で3割節約
自然対流暖房システムを開発

子どものころから模型づくりが好きだったという天谷さん。後輩たちの成長を期待している
子どものころから模型づくりが
好きだったという天谷さん。
後輩たちの成長を期待している

拓(たく)建築設計事務所代表

天谷 一男(あまや かずお)氏

(昭和51年、建築学科卒業)

 秋の訪れの早い北海道。雪や寒さと共存しつつ、いかに快適に暮らすか。家づくりをになう建築家の知恵と腕にかかっているが、「自然対流式暖房換気システム」を共同開発し、特許権をもつ本学建築学科卒の拓建築設計事務所代表、天谷一男さん=1級建築士=は、いま業界注目のひとりである。

 夏涼しく、冬温か・・・・・・これは住まいの理想。気密性、断熱性をぐんぐんアップしてきた近代住宅の課題でもある。ただし、ネックはとくに冬季の結露とカビだ。外気と室温、家屋内でも暖房ルームと非暖房ルーム間の温度差によって生じる。防ぐには全館暖房がうってつけ。北大、北海道立北方建築総合研究所との産学官連携により、天谷さんがこぎつけたのが、この換気システムである。

 外気をいったん床下へ取り入れ、暖房器に通して室内へ送り出す。暖気は上昇し、一部は天井の排気塔から外へ抜ける。しかし、大部分は家の中を秒速10~30cmで自然循環し、全体を温めていく。換気と暖房を同時にこなす。まるで“息づく建物”だ。昨年、天谷さんの名義で特許を取った。

 「この方式の家は全道で今100棟ほどある。暖房光熱費は2~3割カットできる。これに太陽光発電、床下蓄熱式暖房を組み合わせたら、8割まで縮減可能な超エコ住宅ですよ」。札幌市内のオフィスで図を描きながら、ていねいに説明してくれた。

 道の職員だった父親の転勤で道内各地を歩いた。釧路市内の高校を卒業し、本学へ。「子どものころから模型づくりが好きだったのと、授業料が安かったので建築の世界に入った」と笑う。

 サークルは「建築研究会」で、飲み会、マージャンの日々だったとか。建築でも意匠系で、構造は苦手だったらしい。「構造系単位の一部は4年に、それも追試でパスした。試験監督の助手が教室を回りながら、答案用紙の脇の机をコツコツたたくんです。『ほら、違っているゾ』というサインです。助かりました。でも、このころの友だちは一生ものですね」。おおらかな時代だった。

 卒業と同時に都内の建築設計事務所へ。戸建て、集合住宅、店舗の設計・監理、なかでも病院設計をたくさんこなした。10億円、15億円という大きなプロジェクトである。仕事はハードだ。体調を崩してしまい、“里帰り”を決意し、83年に今の事務所を開いた。なんでも設計できると思い込んで。

 「ところが木造家屋ひとつまともに建てられないと分かり、がく然とした。鉄筋構造とはまったく違う。これはいかんと、工業高校(建築科)の教科書を買い、一から勉強し直しました」。そう言いながら、書架から2冊の本を取り出した。慢心への“いましめのテキスト”でもあるようだ。

 「現場で建てるのは大工さん。話をし、指示はするが、うまく動いてもらえない。私の未熟さゆえですが、2割くらいしか思うようになりませんでしたね」

 その傍ら、北海道電力総合研究所との換気システム共同実証研究に加わり、いわば雌伏の時を過ごした。「仕事が趣味みたいなものですから」。ほぼ10年の歳月が流れ、2年ほど前から日経新聞や業界紙に紹介され、花開き始めた。「施主に『温かい家を造ってくれてありがとう』と感謝される。それはだめ。『寒くも暑くもなく、普通に生活できる』というのが建築家への最高のほめ言葉ですよ」と謙虚だ。

 換気システムは夏も効果がある。夜に冷気を取り込んで滞留させ、昼に循環させる。「寒冷地だけでなく、全国どこへでも活用できる画期的な技術です」と気を吐く。

 システムの話に及ぶと、どうにも止まらない。学者や研究者が自分の専門領域について喜々として語るのと似たおもむきである。

 そして、「自分の愛せる分野を探りあて、続けられる人になってほしい」と後輩たちの成長を期待している。

NEWS CIT 2010年10月号より抜粋