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2016.9.15

御宿で星空観察講座


天文研究部が親子を集めて
 本学天文研究部(部長・土佐和也さん=電気電子情報工学科3年)主催の星空観察講座が8月11日、御宿研修センター(千葉県夷隅郡御宿町)で開かれた。御宿の子どもたちに美しい星を見てもらおうと天文研究部員らが昨年行った観望会を、今年は公開講座にして親子を募集、26人の子どもたちとその保護者らが参加した。
 午後5時半、研修センター内で部員たちがクイズ形式による「星のお勉強会」をスタート。「今夜8時頃に見える星座は?」「夏に見える星をつないだ形の名前は?」「太陽系で一番大きい惑星は?」などと、子どもたちに問いかけ、動画やイラストで解説した。
 この夜はあいにく雲が夜空を覆っており、雨天用に部員たちが持参した自作プラネタリウムを室内に組み立て、当日の星空を再現して説明した。
 その後、中庭に天体望遠鏡を設置し雲の切れ間に現れる月や土星を観測。子どもたちは順番に望遠鏡をのぞき「すごく近くに見えた!」と歓声を上げていた。
クイズ形式で「星のお勉強会」 中庭で月を観察 御宿研修センターを背に記念撮影
クイズ形式で「星のお勉強会」 中庭で月を観察 御宿研修センターを背に記念撮影

餃子 好吃!ハオチー(おいしい)!


国際交流セミナーで 中国の食文化を楽しむ
餃子作りを指導する李教授
餃子作りを指導する李教授
 近隣市民を招いて開いている国際交流セミナーが「中国の餃子と食文化」をテーマに7月30日(土)、津田沼4号館懇談コーナーで開かれた。市民約30人が参加して約2時間、中国の食文化を学び、留学生たちと交流した=写真
 進行役は本学の海外交流協定校・吉林大学(中国吉林省長春)から客員研究員として来日中の範建華教授。餃子の歴史や文化を紹介したあと、同研究員の李子亨教授、中国人留学生5人が実演指導して、市民たちと一緒に餃子を作った。
 できた水餃子をゆでて全員で食べ、中国の食文化を楽しんだ。終りに中国や台湾の茶葉が土産として配られた。
 市民たちは「すてきな異文化体験ができました」「中国に行ってみたくなりました」と感想を寄せた。
餃子を作る参加者たちとセミナー風景 餃子を作る参加者たちとセミナー風景
餃子を作る参加者たちとセミナー風景

活躍する校友


応援団元副団長の転身
仕事に「ノー」はない
春日井製菓株式会社取締役
村松 康弘(むらまつ やすひろ)氏(62歳)
(昭和53年、工業化学科卒)
村松 康弘氏
「採用面接では想定外の質問を……」
 「工程はシンプル、しかし味は奥深い。それがお菓子の魅力です」。愛知県にある中堅菓子メーカー「春日井製菓」(本社・名古屋市)の生産本部長、村松さん=取締役=は訪れた春日井工場でそう話してくれた。応援団在籍の4年間に磨いた一徹精神で、「職人技に劣らぬ製造ラインを作りたい」と意欲満々である。
 菓子を含む食品は、もともと農学部のフィールドといわれる。卒業研究で「触媒」という人体には“毒”となりかねないモノを扱った。有害物質とおよそ無縁な仕事に就くとは「夢にも思わなかった」と言う。
 愛知県の県立高で合唱部(バス)を楽しみ、1974年、本学へ。卒業後はふるさとへと決めていた。ときに2次にわたる石油ショック(第1次=1973年、第2次=1978年)の最中。就活戦線は厳しく、4社あった地元の求人から消去法でいまの会社を選んだ。まさに人生は出会い。
 サプライズは、入学早々からだった。バンカラで名をはせる千種寮へ荷を解いたのだが、北海道出身の寮友とともにキャンパスで誘われたのが応援団。「一緒にやろうぜ」と入部してしまった。草食系から肉食系へ生活が一変した感じだが、高校の友人たちは変身ぶりにびっくりしたという。漫画『嗚呼!! 花の応援団』が度外れた面白ギャグや人情話で人気を呼んだのもこの頃である。
 「まるでそっくりな学ランの世界。厳格といわれた千種寮のしきたりの比じゃない。寮仲間は『夏までには音を上げてやめるよ』とうわさしていたが、卒業までもちました」と、元副団長は39年前を回想した。2年間で寮を出て、大学近くのアパートへ引っ越したが、もともと柔軟性や適応力があるのだろう。
 とはいえ、飛び込んだお菓子の世界は、思ったほど甘くなかったようだ。エネルギー管理やボイラーの専門知識を求められ、本にかじりついた時期も。全国数万社といわれる業界のヒット商品レースのし烈さも驚きだったらしい。POSシステムで瞬時に売れ筋をつかむ時代だ。
 地名ではなく、1928年に名古屋市内で起こした創業者の名を冠した春日井製菓のアイテム数は約330。つぶグミ、沖縄黒糖をブレンドした「黒あめ」のほか、「塩あめ」などが人気の東海地方の老舗だ。社員約500人(派遣社員を含む)。
 「他社にくらべ、アイテムは少ない方でしょう。でも、この業界では一度作ってお仕舞いという新製品も珍しくない。コンビニでは毎日1袋売れないと、棚に並べてくれませんから」
 製造からマーケティングまで幅広い業務の中で、一貫して技術畑を歩いて来た。主力の春日井工場長になった2007年、取締役に。現在は工場長の任は譲り、社長に次ぐNo.2の生産本部長として県内3工場全体に目を光らせる。
 菓子づくりは、微妙な加減(時間・気温・湿度・圧力など)ゆえ、かつては職人技の領域だった。製造ラインの調整など、いまでもそうした側面は否めないが、「ラインをコンピューター管理化するとともに、出荷も管理できる受発注システムや自動倉庫を建設中」と村松さん。製造ラインをストップする週末に、その作業を進める。
 社内では毎日クリーニングした白い作業服をすっぽりまとう。清潔第一のリスク管理。「だから社員同士、街ですれ違っても分からないことがあるんです」と苦笑した。
 ストレスは、山野草ファンの奥さんを同行しての釣りで発散する。子どものころから釣り糸をたらしている。三河湾のハゼよし、岐阜県高山の渓流のイワナ、ヤマメよし。釣果はおいしく頂く。「ただし、奥さんが差し出すサオの針にエサをつけるのは私の役目」と楽しそうに笑った。
 本学OBは、他に1人いた男性が“家業引き継ぎ退社”し目下、村松さんのみ。「外見はヤワでも、しっかりした学生はいる。採用面接では想定外の質問をし、窮地をどう切り抜けるかを見ます」。
 仕事にはノーという返事はない――日々、この言葉を胸に最善策を探求しているという。