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2009.3.15

共通の設計テーマに授業
千葉4大学(本学 千葉大 日大 東京理大) 建築学科3年生


合同講評会も好評 学生同士が刺激し合う
優秀作品を審査する古市教授ら(中央マフラー姿)
優秀作品を審査する古市教授ら(中央マフラー姿)
 千葉工業大学など千葉県内の4大学建築学科は、大学間交流や相互刺激などを目的に、今年度初めて3年生の設計製図の課題を共通テーマとした。この試みは「Cリーグ」と名付けられ、2月20日、各大学の優秀作品計16作品の発表会・講評会が本学4号館2階製図室で開かれた。
 Cリーグに参加したのは本学、千葉大学、日本大学生産工学部、東京理科大学工学部。このユニークな授業を立案、呼びかけたのは本学建築都市環境学科の古市徹雄教授。古市教授は2006年度から千葉大で非常勤講師として3年生前期の設計製図を教えていたが、2007年度から千葉大と千葉工大の3年生前期の課題のひとつを共通の「小学校」とした。
 この共通課題を合同で講評会を行ったところ、両大学の学生に大きな刺激になり、交流も始まった。この経験から、今年度は東京理科大、日本大学にも呼びかけ、4大学で共通課題に取り組むCリーグ(古市教授命名)へと拡大した。
 今年の発表会・講評会では、早稲田大学の石山修武教授ら建築家4人をゲストクリティックとして招き、共通課題「小学校」から優秀作に選ばれた16人の学生が一人ずつ自分の作品を説明、講評を受けた。4大学以外からもたくさんの学生が会場を訪れ、熱心に聞き入っていた。
 本学からは4作品を出展したが、先輩・後輩がそれぞれ手助けをして「十分見ごたえのある作品になった」(古市教授)。ゲストの建築家は「千葉県のレベルは高い」と絶賛し、中でも千葉工大生は明るく、情熱的で期待が持てる、と評判だったという。
 古市教授は「学生間で、刺激し合い火花が散っているのを感じた。他大学生の取り組み方、考え方を学ぶことが出来たのは大きな学習成果です。視界がより広がったでしょう。来年は京都工芸繊維大学もゲスト校として参加申し込みがあり、輪は広がっています」と話していた。

癒やしの緑地帯が完成
春待つ16種、7500本


津田沼キャンパス西側一帯
春本番が待ち遠しい緑地帯
春本番が待ち遠しい緑地帯
 津田沼キャンパスを囲むコンクリート製の塀が、癒やしのグリーン・ゾーンに生まれ変わった。この緑地帯への植栽工事は、キャンパス再開発の一環として昨年11月に始まった。北側から正門を挟んで西側一帯の幅3・6メートル、長さ400メートルをカラタチ・クチナシ・キンモクセイなど16種類、7500本を植え込み、今年2月に完成した。
 今、まさに春の訪れを待つ緑地帯。これからは四季折々に、樹木の色とりどりの花・実・葉を楽しむことが出来る。また、外からキャンパス内の見通しも良くなり、開放感にあふれ、歩道を通る人たちからの評判も上々だ。

活躍する校友


本業は柔道 講道館6段
本学出身初の世界チャンプ
第10回世界マスターズ柔道大会
M8級(60キロ以下)で金メダル
株式会社「アイオー精密」代表取締役
鬼柳 一宇(おにやなぎ かずたか)氏(68歳)
(昭和37年 電気工学科卒)
鬼柳 一宇氏
「世界マスターズ柔道は連覇だ」と鬼柳さん
 作業服に身を包んだ体重53キロの小柄な体躯。講道館6段の柔道家の威風は感じられない。しかし、日課は腕立て伏せ500回。「体づくり」には場所を選ばず、いつでも体を動かす。新幹線の車内で膝の屈伸運動を始め、乗客を驚かせることもしばしば。今年6月、ハンガリーのブダペストで開催される第11回世界マスターズ柔道大会。「夢は連覇」と言い切る。千葉工大出身の初の世界チャンピオンだ。
 体操から転向、大学1年から柔道の道へ。朝昼晩、ひたすら白帯練習の日々。津田沼に下宿住まいなのに、東京・水道橋までの定期券を持つ。講道館を往復するために。柔道着の上から白衣をかぶり、授業に出る。「勉強より技を磨く」ことが先決だから。柔道一途のキャンパスライフ。講道館の歴史上、初めて「4年(卒業時)で3段」の快挙をもぎとった。
 1962年、鹿島建設に入社、石川県をはじめ、全国各地のダム工事現場で「喧嘩の毎日」。気の荒い土木作業員相手に体を張って付き合った。夜になると、先輩社員は「頼むな」と飯場からすっと消え去る。残るは新人の柔道家社員1人。酒が入ると、決まって騒ぐ。出番だ。作業員を殴り合いの末、投げ倒して組み伏せ、治める。「強い者には連中も手を出さない」
 「土建業の世界は土木、建築が威張っている。電気の出の者にはつまらん」。鹿島を退社。故郷・花巻で起業する野心もあった。「鬼柳」姓は花巻一帯の豪族だった。
 金属加工会社「アイオー精密」を立ち上げたのは35歳。「旋盤ひとつあれば何でも出来る」。借りた農作業小屋の隅でたった1人、段ボールを敷いて寝る。常食は即席ラーメン。
 「勝たねばならぬ」。柔道で知った不退転の哲学が東北の田園地帯で生きる。先走る負けん気。必死だった。中小企業の経営は柔道に打ち込む時間をまったく奪っていった。
 「アイオー精密」は現在、社員450人、700台の工作機械で「24時間365日」受注。1日約5000点以上の製作依頼を超高速加工で仕上げる。6年前には、海外の中国工場も操業開始した。花巻市の生産本部には社長室はない。総務課の片隅の机ひとつ。もちろん秘書はいない。社長車もない。
 「物流に欠かせない新幹線、飛行場、高速道路インターが、ここ花巻にはある。日本の地方都市の中で最も恵まれている」「昔の職人技をバラバラにしてマニュアル化した」「工場では4年制女子大出の社員が油まみれになって旋盤と格闘する。そんな光景に見学者はびっくりする」
 柔道との再会は45歳の頃。次男坊が柔道を始めた時、弱った自己の体力を実感した。それから繰り返す猛練習。土、日曜には師範をつとめる道場「武徳殿」で汗を流す。講道館の全国柔道高段者大会には18年連続出場を果たす。気がつけば6段に昇段していた。
 今、「本業は柔道」、社長業は「ヒマつぶしだね」と言ってはばからない。柔道は勝たなければ意味がない。世界でトップになるには「練習、練習しかない」と信じ、時間があれば、柔道着で道場に立つ。ブダぺストでのV2へひたすら突き進む精進の毎日がある。
 事業欲も依然、盛んだ。100年に1度という不況の時代こそ「物作りの新しいシステムを構築するチャンス。日本中の会社がつぶれても、うちは内部留保がしっかりあるから大丈夫」という。そして「柔道、事業。やりたいことがいっぱいある。時間が欲しい。もっと生きたい」。両の目が空をにらんだ。