千葉工業大学 プロジェクト研究年報 2015年版
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場購買と企業補助の2種類の行動をとると仮定している.市場購買は効率的な公共支出の極限としての行動であり,政府が直接市場で同一製品の中から最も安い製品を購買する.また,企業補助は非効率的な公共支出の極限としての行動であり,全企業に対して均一の金額を用途制約なく交付する.総支出に対する企業補助の金額比率を政府支出の非効率性と定義した. (2)シミュレーション条件 モデルの実装はC++言語を用い,全エージェントの一連の行動期間を1期とし,1期1カ月を想定した条件とした.モデルに含まれるエージェントの数としては,消費者数150,リテーラー30,原料生産者4,設備製造者及び銀行,政府はそれぞれ1とした.各エージェントの初期資産,生産者の生産関数の係数,初期価格などを乱数で設定するとともに,エージェントの種類や行動ルールを1つづつ変更する計算機実験を行い,各マクロ現象が創発されるための必須なシステム構造を解析した. (3)研究結果 各マクロ現象とそれを再現するために必須なシステム構造,及び推定されるメカニズムの対応を表2に示す. 表2 マクロ現象と必須なシステム構造に関する実験結果マクロ現象モデルにおける必須のシステム構造推定されるメカニズム価格の均衡・消費者の低価格指向の購買行動需要と供給のバランスによる価格決定・生産者の在庫管理指向の生産量調整及び価格調整行動(需要>供給なら価格上昇、逆なら低下)・需要予測に基づく投資判断・生産者集合としての借入・返済バランス・銀行借り入れによる資金調達(借入過多なら経済成長、返済過多なら景気悪化)信用創造の上限の存在・政府支出の非効率度の存在政府支出と民間支出の非効率性の差によって減税乗数が決まる民間支出の非効率性=民間貯蓄率(政府支出の非効率性>民間貯蓄率なら減税によりGDP上昇)法人税の減税効果・政府支出の非効率度の存在・政府支出と民間支出の非効率性の差によって減税乗数が決まる・経営者報酬の存在・民間支出の非効率性は、経営者の貯蓄率と企業の設備投資率によって決まる。・自己資金による資金調達・適度な信用創造の存在景気循環所得税の減税効果・減税により増加した利益剰余金が設備投資に利用されるなら減税乗数増加表2において,景気循環に対する必須なシステム構造は信用創造であることが分かったが,この結果は,Veblen及びMinskyの説(5)に近い.一方Keynesの説(5)である資本の限界効率の影響は信用創造の影響に比べて無視できるほど小さい.これらの結果は,ABMでは種々のマクロ経済理論に対する評価を行うことが可能であることを示している.また減税効果に対しては,政府支出の非効率度の他,法人税の場合には①経営者報酬の存在②設備投資に際しての自己資金による資金調達③適度な信用創造の存在が不可欠であったが,これらの結果は,法人税減税効果再現のためには,減税により増加した利益剰余金が市場で消費されるメカニズムを内包したモデル構造が必須であることを示している. (4)モデル妥当性の条件に関する考察 前節より,各マクロ現象をモデルにおいて再現するために必須なモデル構造があることが,実験的に明らかとなった.以下にその理由について考察する. システムは相互作用するオブジェクトの集合であり集合上の関係として定義でき6)(1)式であらわされる. (1)式より,モデルが実システムに対して妥当であるための条件は,モデルにおけるオブジェクトの種類と行動の集合,すなわちシステム構造,及びそれらの属性,が実システムのそれと類似であること,と定義できる.また社会システムにおけるあらゆるマクロ現象は,システムを構成するオブジェクトの行動とその相互作用の結果であるから,モデルが実システムと類似のシステム構造と属性を有すれば,モデルにおいて創発されるマクロ現象及びその創発メカニズムは実システムと類似になるといえる.前節での実験結果は,これらの内最も重要であるのはシステム構造であり,モデルのシステム構造が実システムと類似であれば,定性的に実システムと類似のメカニズムでマクロ現象が創発されることを示している.また属性に関しては,その比が実システムと類似であればマクロ現象が定量的に再現されると推定されるが,その詳細は今後の課題である. 図2 実システムとモデルの間の対応関係 (5)ABM研究の方法に関する新提案 以上より,ABM研究では以下のステップ1~4により定性レベルからより定量的なレベルで実システムを再現できるモデル構築が可能と考えられる. 1:極力シンプルなモデルを構築する.(KISS原理) 2:創発されるマクロ指標の挙動が現実と類似か確認 類似であれば4へ,そうでなければ3へ 3:類似でなければモデルのシステム構造を変更,より量レベルのモデルではパラメータ比修正,2に戻る 4:モデル構築完了,現実問題解決のための計算機実験 3.まとめ ABMではシステム構造を類似とすることが定性的にも実現象を再現するためには必要不可欠であるといえる.更に定量的モデルを構築するには,上記に加えて属性に関するパラメータ比を実システムと類似にすることが必要と推察される.必要不可欠なシステム構造と属性はステップ1~4の計算機実験により解明可能であり,その構造からマクロ現象創発のメカニズムに関する知見が得られると考えられる.またこの方法により長期金利や為替を内生的に計算可能な実用モデルの開発が可能と考える。 本研究に関する主な発表論文 (1) K. Takashima and S. Ogibayashi :5th World Congress on Social Simulation (WCSS2014) Nov., (2014) (2) S. Ogibayashi and K. Takashima: Agent-Based Social Systems 10, pp147-161,Springer (2013) (3) S. Ogibayashi and K. Takashima:Agent-Based Social Systems 11, pp157-173,Springer (2014) 参考文献 (4) R.E.Marks:Computational Economics,30(3),pp265-290 (2007) (5) R.Onwumere, R.Stewart, S.Yu:J.Business & Economics Research, vol.9, No.2,pp49-60(2011) (6) M.D.Mesarovaic, Y.Takahara: Abstract systems theory, Springer-Verlag(Berlin and New York) AonRelationRobjectofsetAwhereRASIi:,:,)1(}{,482015 千葉工業大学附属研究所 プロジェクト研究年報          Project Report of Research Institute of C.I.T 2015    

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