千葉工業大学 プロジェクト研究年報 2014年版
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1.はじめに 音声言語は人間が持つコミュニケーション手段の中でもっとも基本的でかつ効率的なものであるが,病気や怪我の後遺症などによって発声,発話リズム,発音に障害がある病的音声を有する患者が少なくない.病的音声のうち発声に関する障害は,声帯をはじめとする喉頭の疾患に起因する障害であり,一般に嗄声と呼ばれている. このような嗄声を治療するための音声評価は,耳鼻科医や言語聴覚士(ST)などの音声治療専門家による聴覚心理的評価尺度であるGRBAS尺度を用いて行われている. ここで,GRBAS 尺度とは,日本音声言語医学会が標準的に定めた嗄声の聴覚心理的評価尺度であり,評価音声の総合的な異常度(Grade),粗糙性(Rough),気息性(Breathy),無力性(Asthenic)および,努力性(Strained)の5 項目について「全く感じない」から「強く感じる」までを0~3の4 段階で評価する主観的評価尺度である. しかし,GRBAS 尺度による嗄声の評価は,,主観的評価であるため,曖昧性や不安定性が含まれやすいという問題がある1).このため,安定した嗄声の評価を行うための学習方法や客観的な嗄声の評価を行うための音響分析手法の開発が望まれている2 - 4). このような背景を踏まえ,本研究では熟達した評価者は,どのような音響パラメータに注目して嗄声を評価しているのかや初心者との違いについて検討することに加え,効果的な聴覚心理的評価の訓練・学習方法についての提案を行うための基礎資料収集を目的とした. 2.音響分析 嗄声の聴覚心理的評価値と比較するための音響パラメータは,嗄声の重症度と比較的相関が高いとされている以下に示す7種類を使用し,さまざまな重症度の嗄声40症例について音響分析を行った.音響分析は,比較的安定して評価値が得られるとされる持続母音/e/を用い,目視により音声波形の振幅が定常と考えられる1秒間を分析対象とした. 1).APQ :声の強さの遅いゆらぎ 2).PPQ :声の高さの遅いゆらぎ 3).SP :声の強さの早いゆらぎ 4).JP :声の高さの早いゆらぎ 5).NNEa :全帯域の音声対雑音エネルギー比 6).NNEb :1kHz~4kHz帯域の音声対雑音エネルギー比 7).HNR :調波成分と雑音成分のエネルギー比 3.聴覚的心理評価 音響分析に用いたものと同一の嗄声40症例について聴覚的心理評価の経験があるSTとSTを目指す学生にはGRBAS尺度と尺度法による評価を,嗄声の評価を全く行ったことがない未経験者(千葉工大学生)には尺度法により評価を行わせた.表1に聴覚心理的評価を行った被験者数をST経験年数別に示す. 表1 聴覚心理的評価を行った被験者数 被験者 GRBAS尺度 尺度法 ST経験 10年以上13 17ST経験5~10年 7 9ST経験5年未満 25 35STを目指す学生 79 74未経験者 20 嗄声40症例の聴覚心理的評価は静かな部屋で被験者前方に設置したスピーカーより至適レベルで評価音声を4秒間隔で同一評価音声を2回ずつ提示し,評価を行わせた. ここで,尺度法とは評価用紙に書かれた長さ10cmの直線の左端を「悪い声」,右端を「良い声」とし,提示された音声の心理的位置をチェックし,右端からの距離を評価値とする方法である.このため,GRBAS尺度の知識がない未経験者でも嗄声の総合的評価が可能である. 4.聴覚心理的評価結果と考察 聴覚心理的評価結果から,ST経験5年未満の被験者とSTを目指す学生の評価値,ST経験5~10年とST経験 10研究項目: 科研費採択者助成金(初年度) 研究期間: 2013/4/1 ~ 2014/3/31 研究課題名(和文): 病的音声の聴覚心理的評価熟達度と評価に関与する音響パラメータの関係に関する検討 研究課題名(英文): A study on the relationship between the acoustic parameters involved in the evaluation and psychoacousticevaluation proficiency of pathological voice. 研究者: 世木 秀明 千葉工業大学 SEKI Hideaki 情報科学部 情報工学科 准教授 2014 千葉工業大学附属総合研究所 プロジェクト研究年報          Project Report of Research Institute of C.I.T 2014      76

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