千葉工業大学 プロジェクト研究年報 2014年版
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ンとの反応過程は,極めて複雑なプラズマ・生体相互作用をシンプルに理解するための重要な手掛かりとなる. そこで本研究では,シグナル伝達系のモデル分子としては,システイン(SH)基を含むモデル分子CH3SHに注目した.また,生体反応活性種のモデル分子としては,最も単純な不飽和カルボニル化合物であるアクロレイン CH2CHCHO に注目した.生体反応活性種とシグナル伝達系の反応モデルとしては,次のようなマイケル付加反応に注目した: CH3S− + CH2CHCHO → CH3SCH2CHCHO− 本研究では,この反応の最小エネルギー経路を解析することで,反応過程の詳細を明らかにした. 2−2.最小エネルギー経路探索法 ストリング法は,最小エネルギー経路(Minimum Energy Path; MEP)を探索する手法である[3].ストリング法については,原著論文の他に,山本による解説[4]も参考になる. 本稿では,ストリング法を用いてMEPを求める基本的な概念を紹介する.N原子系について,原子個々の空間配置をRで表し,この座標系にしたがって変化するポテンシャルエネルギーをV(R)で表す.このV(R)の座標微分∇V(R)は3N次元ポテンシャルエネルギー曲面上の地点Rでのエネルギー勾配である.MEPを求めるために,化学反応の始原系と生成系の2点を適当に(たとえば直線的に)繋いだ任意の経路ψをまずは準備する.この任意の経路ψをエネルギー勾配∇V(R)にしたがって最適化することでMEPを求めることにしよう.定義から,最適化した経路がMEPとなるためには (∇V)⊥(ψ) = 0 を満たす必要がある.ここで (∇V)⊥ は経路に対して垂直な方向のエネルギー勾配の成分である.したがって,経路ψをMEPに近づけるためには,経路に対して垂直方向に作用する力 (f)⊥(ψ) = − (∇V)⊥(ψ) にしたがって経路全体を少しずつ動かせばよい.以上がMEPを求めるための基本的なアイデアである. 図1.ストリング法を用いた最小エネルギー経路探索 これまでに様々なMEP探索法が提案されているが,ストリング法は計算の手続きがとてもシンプルであり,実装も簡単である.本研究では,量子化学計算の代表的なプログラム(Gaussian 09)とストリング法のアルゴリズムを組み合わせることで,種々の化学反応の最小エネルギー経路を探索するための基盤を構築した. 2−3.量子化学計算 量子化学計算は,最も代表的なプログラム・パッケージであるGaussian 09を用いて,密度汎関数法B3LYP/6-31G(d,p)精度で実行した. 3.結果 アクロレインとCH3S− のマイケル付加反応過程のMEPに沿ったエネルギー変化を図2に示す. 図2.MEPに沿ったエネルギー変化 図2に示すように,初期経路(青線)を最適化することで,MEP(赤線)を得た.図3には,MEPのσ= 0, 0.4, 0.75, 1.0に対応する構造を示す. 図3.MEP に沿った構造変化 以上の結果から,CH3S− がアクロレインを求核攻撃する際,図3のσ = 0.75 に示す構造が5.28 kcal/molの遷移エネルギーを持ち,反応を支配することが明らかとなった. 本成果を土台として,これから,細胞膜中に内在する不飽和脂肪酸とラジカル活性種のマルチスケール・シミュレーションに取り組む予定である. 謝辞 本研究は,千葉工業大学 総合研究所の研究助成を受けて推進した成果であり,支援に感謝する. 参考文献 [1]Tanaka et al., Plasma Medicine, Vol. 1, p. 265 (2011) [2]飛川 大樹, 千葉工業大学 卒業論文 (2014) [3]W. E et al, Phys. Rev. B., Vol. 66, p. 052301 (2002) [4]山本 典史, アンサンブル, Vol. 16, p. 42 (2014) 2014 千葉工業大学附属総合研究所 プロジェクト研究年報          Project Report of Research Institute of C.I.T 2014      22

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