千葉工業大学 プロジェクト研究年報 2014年版
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概要 プラズマ技術を病気や怪我の治療へと応用する「プラズマ医療」の新領域が開拓されつつある.プラズマ医療は難病治療を先導できる新旗手として注目されるが,プラズマ・生体作用のメカニズムは分かっていない.プラズマ医療を確立するための手掛かりは,プラズマ照射により産生する生体反応活性種のふるまいと役割にある.本プロジェクトでは,量子化学計算を用いて,プラズマ・生体相互作用の基本原理を明らかにすることを目指している.発展途上であるプラズマ・生体相互作用シミュレーション分野を開拓することで,プラズマ医療を用いた難病治療の実現に向けて大きく一歩前進することが期待できる. 1.背景 プラズマは気相原子分子が電離した状態であり,反応性に富む粒子(電子・イオン・ラジカル)で構成される.近年,低温大気圧プラズマ(気体温度が室温程度のプラズマ)を生体組織に対して作用させることで病気・怪我の治療効果が得られることが報告され,「プラズマ医療」の新領域が開拓されつつある. プラズマ医療の可能性を示すホットな話題として,「プラズマを照射した培養液が正常細胞に影響を与えずに脳腫瘍や卵巣ガン細胞を選択的に殺傷する」という画期的効果が注目を集めている[1].また,プラズマを培養液に照射することで細胞増殖を促進した例も報告されており,皮膚・骨・血管・神経細胞などの再生治療技術としても国内外で研究開発が急速に推進されつつある. このように,プラズマという特異な反応場を利用した革新的な医療技術が難病治療を先導する新旗手として注目を集めているにも拘わらず,その核心となるプラズマ・生体作用の詳細は分かっていない.プラズマ技術の生体組織への応用は,その制御が適切でなければ,産生した活性種が生体毒性のみを亢進させる危険性がある.プラズマ医療を安心して利用できる新規治療手法として確立するためには,プラズマ照射によって生起する生体作用を解明し,それを適切に制御する基本原理を確立する必要がある. これまでの実験研究によると,プラズマを照射した細胞培養液では,発生したラジカル種と生体分子の反応によって長寿命の(ラジカル種とは異なる)活性種が産生し,この特殊な活性種が細胞のアポトーシスと増殖を駆動するシグナル伝達系に影響を与えることが予想されている[1].したがって,プラズマ・生体作用のメカニズムを解明する手掛かりは,生体内環境下で産生する特殊な活性種(生体反応活性種)のふるまいと役割にある.しかし 1. 生体組織へのプラズマ照射によってどのような生体反応活性種が産生するのか? 2. 生体反応活性種が生体内反応系に対してどのように作用するのか? など,プラズマ・生体作用を理解する上での基本的な課題についても,これまでのところ,詳細はほとんど分かっていないのが現状である. 我々はこれまで,有機化合物(フェノールなど)の酸化的分解反応の反応経路について,量子化学計算を用いた理論的解析に取り組んできた.その結果,フェノールの酸化的分解反応では,中間生成物として種々の不飽和カルボニル化合物を産生することを明らかにした[2].我々は,本成果を踏まえて,プラズマ・生体作用のメカニズムについて次のように推測している:生体組織にプラズマを照射した場合,細胞膜から遊離した不飽和脂肪酸類が(プラズマ照射により生成した)ラジカル種で酸化的に分解されることで不飽和カルボニル化合物が産生しており,これがシグナル伝達系と相互作用する生体反応活性種の有力な候補であると考えられる. そこで本研究では,プラズマ・生体相互作用の基本原理を明らかにすることを目的として,不飽和カルボニル化合物類とシグナル伝達系モデル分子の化学反応過程について,量子化学計算に基づく解析に取り組んだ. 2.方法 2−1.生体反応活性種・生体相互作用モデル系 システインのチオール基を含む生体分子のグルタチオンはシグナル伝達系の最もシンプルなモデル分子として知られている.したがって,生体反応活性種とグルタチオ研究項目:科研費申請準備支援助成金 研究期間:2013/4/1 ~ 2014/3/31 研究課題名(和文): プラズマ照射による生体反応活性種の産生と作用:脂質過酸化生成物と生体分子モデルの量子化学計算 研究者:(○;研究代表者) ◯ 山本 典史 千葉工業大学 飛川 大樹 千葉工業大学 尾上 薫 千葉工業大学 2014 千葉工業大学附属総合研究所 プロジェクト研究年報          Project Report of Research Institute of C.I.T 2014      21

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