千葉工業大学 プロジェクト研究年報 2014年版
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1.はじめに 地球上の生命は, その誕生以来, 地球環境の変化に伴って進化し, 今のような機能を獲得したと考えることができる.環境変化に対する手段としては, 転写因子を利用した遺伝子発現の切り替えが現存の生物では最も重要である.転写因子とその認識配列がどのように対応関係を築き,ターゲットとする遺伝子上流で発現制御を行うのか,そしてそのような分子機構にはルールがあるのだろうか.環境変化に対しての応答や生物の進化を理解する上で,この分子機構のルールの理解はとても重要だと考えられる. 本研究課題では,大腸菌の3種の異なる塩基性アミノ酸に対する,類似した代謝反応による酸性ストレス応答に注目した.このストレス応答には,3つのタンパク質が関わる。3種の塩基性アミノ酸代謝反応で,類似した反応に関わるタンパク質どうしの相同性はそれぞれ高いが,発現を制御する転写因子には全く相同性が見られないことが分かった.このストレス応答に関わる3種の転写因子とその制御配列の認識機構の研究から,生命が遺伝子の発現制御の仕組みをどのように獲得して進化してきたのか, 実験的に明らかにすることが本研究の目的である. 2.研究内容 (1) 大腸菌がもつ3種の異なる塩基性アミノ酸代謝反応に関わるタンパク質の分子系統解析 本研究課題で注目した3種の塩基性アミノ酸(アルギニン,リジン,オルニチン)は,いずれも細胞外の環境が酸性となったときに細胞内に取込まれ,取込まれた塩基性アミノ酸は,脱炭酸酵素による反応で,ポリアミンとよばれる塩基性アミンに変換され,細胞外に排出されると報告されている(文献1).また,細胞内への取込みと細胞外への排出は,ひとつの輸送タンパク質が基質に応じて輸送の方向を変えることで対応していることが分かっている(文献2).この代謝反応の仕組みは,大腸菌が口から侵入して腸内に入る際に,酸性の環境である胃を通過する必要があるため,塩基性アミンを細胞外に排出することで,自身の細胞周囲を中和して生き残るための戦略であろうと考えられている. この代謝反応には,それぞれ3つのタンパク質が関与している.取込みと排出のためのトランスポーター,脱炭酸酵素,そしてこれらを酸性条件下で働かせるように誘導するための転写因子の3つである.大腸菌のゲノム上では,これら3つのタンパク質をコードする遺伝子は,塩基性アミノ酸種ごとに連続して配置されている.ただし,3種のうち1種の塩基性アミノ酸代謝のための転写因子は,まだ見つかっていない(図1). まず,この3種の塩基性アミノ酸代謝反応が,元はひとつの代謝経路で,進化の過程で3種に分かれたと考えて,反応に関与する各タンパク質のアミノ酸配列を比較し,分子系統解析をおこなった(図2).その結果,トランスポーターと脱炭酸酵素は,いずれもアルギニンとリジンに対するタンパク質が,より類似しており,オルニチンに対するタンパク質は,これらと相同性はあるものの,やや離れた関係であった.酸性アミノ酸のトランスポーターと脱炭酸酵素も,わずかに相同性が見られたので,これらをアウトグループとして作成した分子系統樹から,以下のように考えられた。すなわち,かつては酸性や塩基性といった区別なく,弱い基質特異性でアミノ酸を認識していたトランスポーターと脱炭酸酵素が存在したが,そこから塩基性アミノ酸と酸性アミノ酸を区別する基質特異性の変化が起こった.やがて,オルニチンとそれ以外の(アルギニンとリジン)を区別する基質特異性の変化が起こった.さらに,アルギニンとリジンを区別する基質特異性の変化が起こった. 一方,転写因子に関しては,アルギニンとリジンの転写因子の間に相同性は見られなかった.また,オルニチンに対する転写因子は見つかっていない.遺伝子発現の制御を受けるトランスポーターと脱炭酸酵素の遺伝子と転写因子の遺伝子は,並んで存在しているにも関わらず,3種の塩基性アミノ酸代謝反応に関わるそれぞれのトランスポーターと脱炭酸酵素の遺伝子に相同性があり,転写因子に相同性がないのは,遺伝子の重複だけでは説明ができない.類似した代謝反応を区別して発現制御するためには,制御研究項目: 科研費申請準備支援助成金 研究期間: 2013/4/1 ~ 2014/3/31 研究課題名(和文): 転写因子と認識配列による発現制御の機構はどのように成立するのか 研究課題名(英文): Investigation of an organization mechanism between a transcription factor and its recognition sequence. 研究者: 根本 直樹 千葉工業大学 NEMOTO Naoki 工学部生命環境科学科 助教 2014 千葉工業大学附属総合研究所 プロジェクト研究年報          Project Report of Research Institute of C.I.T 2014      19

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