千葉工業大学 プロジェクト研究年報 2014年版
135/148

1.はじめに 強い相互作用系としての物質が高温/高密度の状況下で示す諸相, またその状態方程式 (Equation of State, EOS)を明らかにすることは,量子色力学 (QCD) のダイナミクスと相構造の理解とも関連し,核物理学の基本的課題の1つである.中性子星内部や高エネルギー重イオン衝突の状況下では,通常核物質の飽和密度 ρ0 の数倍に達する高密度物質が実現されると考えられている.そのような環境下では, 原子核を構成する核子(陽子, 中性子; Nと略記)や π中間子の発現に加え,ストレンジネス量子数をもつ,ハイペロン(Λ, Σ-,Ξ-,…; 以下 Yと略記)やK中間子が容易に生成されることが期待される. ストレンジネスを含むハドロン物質としてはYが, バリオン(NとY の総称; 以下Bと略記)の数密度 ρB=(2-4)ρ0 で核子,および電子(e-)などのレプトンからなる中性子星物質中に混在すると考えられている。(ハイペロン物質という).また, 同じ密度領域でK中間子のボーズ・アインシュタイン凝縮 (K凝縮)が注目され, その存在の可否が理論面・観測面から精力的に追究されてきた. 我々は最近の研究を通じて,中性子星内部のような高密度物質中で存在が期待されるマルチ-ストレンジネス相として,K凝縮とハイペロン(Y)の共存相 [(Y+K)相と略記]の可能性を検討し,中性子星の構造や冷却等,観測との関連で議論してきた[1]. 中性子星内部での(Y+K)相の存在は,高密度物質のEOSを非常に柔らかくし, 最近の太陽質量の2倍に及ぶ重い中性子星の観測結果[2]と相容れないため, こうした観測からの EOS の制限との整合性を検討する必要がある. 有限核に複数個のK-中間子が束縛された特異な原子核の構造に関する理論的研究[3,4]で用いたのと同じ相互作用模型を用いることによって,有限系から中性子星内部の無限系までを統一的に扱い,中性子星物質中での(Y+K)相の発現密度と EOS を得, 系の特徴を検討してきた .本研究では,(Y+K)相のEOS の特徴を明らかにし, 著しいEOS の軟化を抑制し, 中性子星の質量観測と矛盾しない結果を得るために必要な諸効果について検討した. 2.理論的枠組 K中間子(K)-バリオン間相互作用, K-K 間相互作用に関しては, ハドロンダイナミクスに重要なカイラル対称性から規定される非線形有効カイラル Lagrangian を用い, バリオン間相互作用に関しては相対論的平均場理論を用いる. ハドロン相を記述する理論的枠組みとして, 両者を結合させた相互作用模型を構成し, K中間子-バリオン系を記述する. B-B間相互作用及び K--B間相互作用を媒介する中間子としてσ, ω, ρ 中間子に加え,ストレンジネスを担うσ*, φ中間子を考慮する.系の熱力学ポテンシャルΩを構成し, 荷電中性条件とK,B,及び電子間の弱い相互作用過程に関する化学平衡条件を課しながらΩの極値を求めることによって, (Y+K)相の基底状態を得る. 3.数値結果 以下に,(Y+K)相の発現密度とEOSの結果をまとめる. (i)(Y+K)相の発現密度は, KN相互作用の引力の大きさを表す,K-中間子の対称核物質中での光学ポテンシャルの深さUKの値に依存する. UK > - 80 MeV のとき(KN間の引力が非常に弱い場合), 着目している密度領域ではK凝縮は現れない. 逆にUK< - 180 MeV のように非常に大きい引力の場合は, ハイペロンが出現するよりも低い密度からK凝縮が現れる. 標準的な大きさと考えられてきたUKは, -120 MeV 程度に相当し, そのときK凝縮はハイペロン物質中から 4ρ0程度のバリオン密度で発現する. (ii) EOS の特徴 UK = -120 MeVの場合に,(Y+K)相における1粒子あたりのエネルギー ε/ρBのρB依存性(実線)を図1に示す. 研究項目: 科学研究費(基盤研究(C)) 研究期間: 2013/4/1 ~ 2014/3/31 研究課題名(和文): K中間子凝縮−ハイペロン共存に基づく新しい高密度核物質相の探究 研究者: 武藤 巧 千葉工業大学 MUTO Takumi 情報科学部 教育センター 教授 2014 千葉工業大学附属総合研究所 プロジェクト研究年報          Project Report of Research Institute of C.I.T 2014      117

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です