千葉工業大学 プロジェクト研究年報 2014年版
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1.はじめに 斜め堆積法(Glancing-angle Deposition:GLAD)とは,主に真空蒸着法を利用した薄膜堆積プロセスにおいて,原料流束に対し基板を大きく斜めに傾けて薄膜堆積する手法である.すでに成長した結晶によって原料流束が遮られ,原料の供給されない影となる部分が生ずる「自己遮蔽効果」のため,影の部分には成膜されず,薄膜堆積初期に生成した一部の結晶のみが優先的に成長することで,柱状晶が互いに隔絶した,離散的柱状構造(Isolated Nanocolumnar Structure:INS)が形成される.このとき,基板の回転を制御することで,柱状結晶の微細構造を,直円柱状,ジグザグ状,らせん状などに作り分けることができる.1) この斜め堆積法は,原料流束の角度分布が狭いことが必要条件となるため,プラズマを用いた堆積プロセスには適用できないとされてきた.それに対し,近年筆者らは,イオンプレーティング法やスパッタリング法など,反応性プラズマ環境を利用する物理気相成長法に斜め堆積法を適用することにより,小腸内壁細胞膜上の微絨毛構造のような,メゾスコピック構造を有する薄膜の堆積に成功し,多様な化合物薄膜の微細構造化への道を拓いた.2) しかし,斜め堆積法は原料流束に対して基板を大きく傾けるため,基板のサイズが大きくなると,原料供給源からの距離が基板の位置によって異なり,膜厚や微細構造が不均一になることが問題となっていた.そこで本研究では,透明導電膜として広く利用されている酸化インジウムスズ(ITO)膜のスパッタリング成膜に斜め堆積法を適用するとともに,基板-ターゲット間にスリットを設けることにより,原料入射角度分布を制御し,広い面積に均一な微細構造化薄膜を堆積させるプロセスを試みた. 2.研究の内容 (1)実験方法 INS-ITO膜は,GLADを適用したRFマグネトロンスパッタリング法により作製した.前述の目的のため,基板直下に幅6 mmのスリッ卜を設置した.このスリッ卜により,基板に入射する原子がスリッ卜を通過した原子に限られるため,基板表面到着時におけるスパッタ原子のエネルギー分布を大きく変えることなく,入射角度分布を一定の範囲で制御することができる.基板は,ITOよりバンドギャップの広い石英ガラス(25mm×25mm)とし,ターゲッ卜法線に対して85°傾斜させた.また,基板に垂直な柱状,くの字状,ジグザグ状の微細構造を形成するため,成膜中の基板の面内運動条件として,それぞれ定速(0.8 rpm)自転,1回反転,3回反転を行った. 作製膜に対し,SEMによって微細構造観察を行い,ダブルビーム分光光度計を用いて近紫外〜近赤外の光学特性を評価した.ITOは近紫外領域において,吸着誘起型エレクトロクロミック(Adsorption-induced Electrochromic:AiEC)特性を示すことがわかっている.そこで,Na2SO4水溶液中で,ポテンショスタットを用いてITO膜の電位を制御し,電位による光透過率変化を測定した. (2)結果と考察 図1に,SEMにより観察した作製膜の,基板中央付近における表面・断面画像を示す.形状膜厚は,あらかじめ設計したとおり,全作製膜において約500 nmであった.GLADを適用し,基板の運動条件を適切に制御することによって,垂直柱状,くの字状,ジグザグ状に,それぞれINSの作り分けが可能であることが明確に示される.図2に,基板面内の位置による堆積膜断面構造の相違を示す.形状膜厚が基板面内の位置に依存するとともに,基板の辺縁部に近づくにつれ,断面中の屈曲部の位置が変化している.これは,ターゲットまでの距離が反転前後で最大25 mm異なるためである.別の論文で報告したように3),スリットを用いない場合,SEMで明確に観察できるほどの空隙ができないことと比較すると,スリットを基板-ターゲット間に設置することによって,構造制御性が格段に向上することがわかる.本研究のスリット条件では,基板中心から約9 mmの距離までは,柱状晶間の空隙が明瞭なINSの形成が確認できた.一方で,くの字やジグザグのように,屈曲構造がある場合は,基板面内位置によって屈曲部の高さが変わり,微細構造が均一にならないことについては,今後解決すべき課題である. 研究項目: 科研費申請準備支援助成金 研究期間: 2013/4/1 ~ 2014/3/31 研究課題名(和文): 微絨毛構造化薄膜の大面積成膜プロセスの開発 研究課題名(英文): Development of large-area deposition process for microvillus-structured thin films 研究者: 井上 泰志 千葉工業大学 INOUE Yasushi 工学部 機械サイエンス学科 教授 2014 千葉工業大学附属総合研究所 プロジェクト研究年報          Project Report of Research Institute of C.I.T 2014      1

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