• トップページ
  • 本業は柔道 講道館6段 本学出身初の世界チャンプ

※本文中の役職等は取材当時のものです。

本業は柔道 講道館6段
本学出身初の世界チャンプ

「世界マスターズ柔道は連覇だ」と鬼柳さん
「世界マスターズ柔道は連覇だ」
と鬼柳さん

第10回世界マスターズ柔道大会
M8級(60キロ以下)で金メダル
株式会社「アイオー精密」代表取締役

鬼柳 一宇(おにやなぎ かずたか)氏

(昭和37年 電気工学科卒)

 作業服に身を包んだ体重53キロの小柄な体躯。講道館6段の柔道家の威風は感じられない。しかし、日課は腕立て伏せ500回。「体づくり」には場所を選ばず、いつでも体を動かす。新幹線の車内で膝の屈伸運動を始め、乗客を驚かせることもしばしば。今年6月、ハンガリーのブダペストで開催される第11回世界マスターズ柔道大会。「夢は連覇」と言い切る。千葉工大出身の初の世界チャンピオンだ。

 体操から転向、大学1年から柔道の道へ。朝昼晩、ひたすら白帯練習の日々。津田沼に下宿住まいなのに、東京・水道橋までの定期券を持つ。講道館を往復するために。柔道着の上から白衣をかぶり、授業に出る。「勉強より技を磨く」ことが先決だから。柔道一途のキャンパスライフ。講道館の歴史上、初めて「4年(卒業時)で3段」の快挙をもぎとった。

 1962年、鹿島建設に入社、石川県をはじめ、全国各地のダム工事現場で「喧嘩の毎日」。気の荒い土木作業員相手に体を張って付き合った。夜になると、先輩社員は「頼むな」と飯場からすっと消え去る。残るは新人の柔道家社員1人。酒が入ると、決まって騒ぐ。出番だ。作業員を殴り合いの末、投げ倒して組み伏せ、治める。「強い者には連中も手を出さない」

 「土建業の世界は土木、建築が威張っている。電気の出の者にはつまらん」。鹿島を退社。故郷・花巻で起業する野心もあった。「鬼柳」姓は花巻一帯の豪族だった。

 金属加工会社「アイオー精密」を立ち上げたのは35歳。「旋盤ひとつあれば何でも出来る」。借りた農作業小屋の隅でたった1人、段ボールを敷いて寝る。常食は即席ラーメン。

 「勝たねばならぬ」。柔道で知った不退転の哲学が東北の田園地帯で生きる。先走る負けん気。必死だった。中小企業の経営は柔道に打ち込む時間をまったく奪っていった。

 「アイオー精密」は現在、社員450人、700台の工作機械で「24時間365日」受注。1日約5000点以上の製作依頼を超高速加工で仕上げる。6年前には、海外の中国工場も操業開始した。花巻市の生産本部には社長室はない。総務課の片隅の机ひとつ。もちろん秘書はいない。社長車もない。

 「物流に欠かせない新幹線、飛行場、高速道路インターが、ここ花巻にはある。日本の地方都市の中で最も恵まれている」「昔の職人技をバラバラにしてマニュアル化した」「工場では4年制女子大出の社員が油まみれになって旋盤と格闘する。そんな光景に見学者はびっくりする」

 柔道との再会は45歳の頃。次男坊が柔道を始めた時、弱った自己の体力を実感した。それから繰り返す猛練習。土、日曜には師範をつとめる道場「武徳殿」で汗を流す。講道館の全国柔道高段者大会には18年連続出場を果たす。気がつけば6段に昇段していた。

 今、「本業は柔道」、社長業は「ヒマつぶしだね」と言ってはばからない。柔道は勝たなければ意味がない。世界でトップになるには「練習、練習しかない」と信じ、時間があれば、柔道着で道場に立つ。ブダぺストでのV2へひたすら突き進む精進の毎日がある。

 事業欲も依然、盛んだ。100年に1度という不況の時代こそ「物作りの新しいシステムを構築するチャンス。日本中の会社がつぶれても、うちは内部留保がしっかりあるから大丈夫」という。そして「柔道、事業。やりたいことがいっぱいある。時間が欲しい。もっと生きたい」。両の目が空をにらんだ。

NEWS CIT 2009年3月号より抜粋