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2019.1.15

安藤忠雄氏&松井孝典所長 新春対談


深い思考が真実捉える
世界的な建築家・安藤氏 松井PERC所長
世界的な建築家・安藤氏 松井PERC所長
 2019年が明けた。本学は建学の精神「世界文化に技術で貢献する」を掲げて77年を迎える。この新しい年の初めに、科学技術で世界への飛躍を志す千葉工大生諸君に、偉大な先達の対談をお届けする。フランス芸術文化勲章「コマンドゥール」など数々の栄誉に輝く世界的建築家の安藤忠雄氏と、宇宙から文明にまで思考を巡らせ、「進化とは何か」に迫る惑星探査研究センター(PERC)の松井孝典所長。両氏の言葉の奥にあるのは「深い思考だけが真実をとらえ得る」という教えだ。
人間圏の「進化」とは
 安藤 松井先生と最初にお会いしたのは1989年、朝日新聞の「21世紀委員会」でしたね。その後、恐竜絶滅の原因になった地球外天体の衝突でできた巨大なクレーターをメキシコのユカタン半島に見に行こうと、お誘いを受けたこともありました。今日は宇宙と文明について考えておられる松井先生の頭の中をのぞかせていただきたいと思ってきました。
 松井 私は一貫して「進化とは何か」ということを考え続けています。138億年前にビッグバンによって宇宙が誕生し、物質が生まれ、「開放系」という構造と、環境が生まれた。加えて「時間の向き」が生まれた。宇宙という観点からは、生物も非生物もすべての開放系が進化します。文明も同様に進化する。なぜなら文明、すなわち人間圏も「開放系」だから。「開放系」は「流動する系」であり、流れは抵抗に逆らって流れるために効率化されます。それを「進化」と呼ぶことができます。
 安藤 「進化」というと、われわれはまずダーウィンの「種の起源」を思い起こしますね。
 松井 生物だけではありません。なぜなら地球という星があって生命が生まれたのだから。地球の物質循環、エネルギーの流れを効率化するように生命は形や構造を変えていく。生命のこの変化をダーウィンは「進化」と呼んだのです。例えば植物は大地に根を張り、水を吸い込んで、葉から大気中に蒸散させますね。あれは地表付近の水の循環を効率化していると考えられるわけです。動物は移動することで、地表付近の物質循環に寄与します。人間は地球の上でどういう存在なのか、地球は宇宙の中でどういう存在なのかといった視点を離れて、生物だけにこだわっていると、進化とは何かの本質は見えてきません。
 安藤 「文明の進化」については、どのように考えていますか。
 松井 僕は、ホモ・サピエンスがゴリラやチンパンジーなど他の霊長類と道筋を分かって、地球上に生物圏とは別の構成要素である「人間圏」を築いてきた、その生き方が「文明」だと考えています。なぜ、それができたのか。ホモ・サピエンスは大脳皮質のニューロンが接続し、脳の中に外界を投影した内部モデルをつくって生きることができるようになったからです。それによって人類は狩猟採集から農耕牧畜というライフスタイルに移行した。狩猟採集が生物圏のモノ・エネルギーの流れを利用する生き方であるのに対して、農耕牧畜は地球全体のモノ・エネルギーの流れを利用する生き方で、はるかに効率的です。だから人類はこれだけ発展してきた。この「流れ」が維持されることが「生きる」ことであり、「死」とは流れが止まることです。流れが維持され、拡大し、発展していくことがこの宇宙の特質ですから、僕は文明が停滞することはないと思っています。
対談する安藤氏(左)と松井所長
対談する安藤氏(左)と松井所長
読解力の基本
 安藤 ところで、近ごろの若者たちは本を読まなくなりましたね。そのために物事の理解力が極端に落ちている。私が大阪の中之島にこどもの本の図書館をつくりたいと思ったのも、10歳ぐらいまでに本を読む習慣をしっかりつけないと、これからの日本は本を読まない大人ばかりになってしまうことを危惧しているからです。江戸時代の庶民の識字率の高さが明治以降の日本の発展を支えたわけですからね。
 松井 読解力の基本は国語力です。ところが今は小学1年生から英語を教えようという流れになっている。大間違いです。だから私は、10歳までの子どもたちを対象にした森羅万象に関する絵本を作ろうと思っています。
 安藤 私の事務所にはあちこちに地球儀が置いてあります。地球儀を眺めて、松井先生のように宇宙や文明に思考を巡らせるかどうかはともかく、自分たちはこの地球の上に生きているということから、何か大きな想像力を働かせてほしいと願っているんですが、大学生のアルバイトを含めて関心を持って見てくれる人はほとんどいませんね。
 松井 私も今、地球の上に生きるという意味では、トルコで考古学者の大村幸弘さんと組んで、カマン・カレホユック遺跡の発掘調査に関わっています。人類で最初に鉄器を手にしたのは、アナトリア半島に一大帝国を築いていたヒッタイト人で、今から3200年から3900年前というのが通説になっているのですが、大村さんが発掘した鉄器を私が分析したら4300年前のものという結果が出た。アッシリア商人の時代で、人類と鉄器の関係が400年も遡ることになります。
 安藤 話があちこちに飛んで、まるで宇宙人ですね、松井先生は(笑)。
 松井 科学技術が発展する理由は2つあります。一つはホモ・サピエンスが「より良い説明」あるいは「より良い生活」を求めるという特質を持っていること。もう一つは人間圏が開放系であり、流動系だからです。人類と鉄器の研究も、私の中ではそのような意味できれいに一本につながっているんですよ。
建築とは 万物を考えること
見えない世界、追究を
 松井 宇宙という観点に立てば、生物も非生物もあらゆる構造が進化する。当然、建築も進化しますね。
 安藤 建築とは、人間や環境や歴史などあらゆることを考える行為です。私は20年ほど前、大阪狭山市に「狭山池博物館」という、飛鳥時代に築造された堤を残し、出土した遺構を通して、水と大地を人間はいかに開発し利用してきたかを考える博物館を造る仕事をやらせてもらいました。また今、パリでやっている160年前の穀物取引所を美術館にする仕事では、内部にコンクリートの円筒形のホールを挿入して建築全体を再生することを考えました。以前、ベネチアで15世紀に建てられた「海の税関」の建物を保存・再生する仕事では、古い外殻を残して、内部に四角い箱を挿入した。アイデアの源には「プラトン立体」がありました。宇宙を形成する元素を数の面から捉えようとしてプラトンがたどり着いたのが5種類の正多面体です。私も石造りの古い建物の中に円筒や箱を入れることで、そこに小さな宇宙をつくろうと考えたのです。
 松井 プラトン立体はまさに万物の根源の追求から生まれた概念です。それに建築が「開放系」であり「流動系」という歴史を合体させたものですね。
 安藤 ヨーロッパの人たちは、第2次世界大戦で徹底的に破壊された都市を、建物の瓦礫を拾い集めて再生してきました。そこには自分たちの歴史に対する深い知識、思想がある。ところが今、東京では都市再開発と称して古い建物を次々と取り壊して新しいビルを造っているが、そこには何の思想も感じられない。外観はきれいでも、中身は空っぽです。
 松井 建築を通して何かを考える、考えさせるという行為は、確かに「知の生産」「知識の流れ」です。
 安藤 そうです。建築を学ぶ学生諸君にはそういうことを考え、対話してほしいと思っているのですが、大抵の人は表面的な形と空間の面白さしか考えていない。物足りないし、残念です。
 松井 本学の昨年4月の入学式で、私は「科学技術文明はなぜ発展するのだろうか?」と題して新入生に講演したのですが、その中でこう奮起を促しました。「高校までは基本的に過去のわかっていること、見える世界について勉強してきただろうが、大学では見える世界の背後にある見えない世界を勉強していく。大学生として踏み出すまさに今日から、過去にとらわれず、新しい発想で物事を考えてください」と。
 安藤 私の周囲の大学生を見て感じることは、安定志向が強いということです。2年生までは未来の希望に燃えているが、3年生になると、良い会社に入ることしか考えなくなる。しかし、安定の中に創造はありません。国家も同じで、安定だけを求めている国家はいずれ崩壊します。ところで最近の日本の科学技術のレベルはどうなんですか?
 松井 世界の中では十分、頑張っていますよ。私もまだ現役を続けていますから、世界の科学者仲間と変わらず付き合っていますが、日本人のほうがむしろ頑張っている分野もあります。
《編集部注》
 2017年9月、大阪市に対し、北区中之島にある市有地に、安藤さんが設計した「こどもの本の森中之島」(仮称)を建設して、寄付する構想を提案。今年冬に完成予定。