千葉工業大学 プロジェクト研究年報 2014年版
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1.はじめに 教職課程を専攻する学生は, 世間で良く知られる科学技術について実体験をもって学び, 将来教員として教壇に立ったとき,中高生に熱意を込めて教えられることが望ましい.教職課程(理科)の学生を対象とする生物学実験は,その役割を担う科目のひとつである. ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法は,全ての生物が増殖するために細胞内で行うDNAの複製反応を利用し,試験管内でDNAを増幅するための実験手法である.理論的には,1分子のDNAを10億倍にも増幅することができる.この手法の発明によって,Kary Mullis 博士は,1993年にノーベル化学賞を受賞している.犯罪捜査でのDNA鑑定や新型ウイルスの同定などに用いられることは,ニュースなどで話題となるが,これはPCR法の増幅効率の良さによる検出感度の高さと,検出特異性の高さとによる.今の遺伝子工学分野では欠かすことのできない実験手法である(文献1,2). 本学の教職課程(理科)の学生を対象として開講されている生物学実験のカリキュラムに,PCR法を利用した環境中の微生物由来の遺伝子増幅実験を新たに導入し,実験操作を通して原理の理解を深めてもらうことが本研究の目的である. 2.研究内容 生物学実験受講者に予め生き物が検出できそうな試料を持参するように呼びかけた.生活環境中試料として,乳酸菌入りヨーグルト,キムチ,塩麹,腐敗したミルクティー,箱根大涌谷の源泉の温泉水(根本が提供)が集まった.試料中の微生物を検出するためのDNA配列特異的なプライマーとして,真正細菌検出用,古細菌検出用,真核生物検出用の3種類のプライマーを用意した.また,PCR法のためのDNA複製酵素,DNAの材料となる核酸などの試薬類とPCR法を行う装置(サーマルサイクラー)を本助成金で購入した. 反応用の試料の調製は,各受講者がマイクロピペッターを用いて行った(図1).1反応あたり反応液は50 ℓとした.生活環境中試料を1種類選び,3種類のプライマーに対するそれぞれの反応液を調製した.また,ポジティブコントロールとして,真正細菌(大腸菌)のゲノムDNA,古細菌(Thermoplasma acidophilum)のゲノムDNA,真核生物(酵母)のゲノムDNAをそれぞれ鋳型DNAとした試料も調製した.3種類のポジティブコントロールは,予備実験で最適な反応条件を確認しておいた. 受講者全員の試料調製を確認した後,サーマルサイクラーを用いて,30サイクルのPCRを行った. 反応中の待ち時間に,増幅後のDNAを分離,検出するための電気泳動用のアガロースゲルを作成した(図2). また待ち時間には,受講者に対して,PCR法の原理の説明と真正細菌,古細菌,真核生物の違いについて解説を行った.特に古細菌は,教科書にも余り記述がなく,馴染みがない学生が多かったが,我々ヒトが誕生する上で,古細菌が重要な役割を担ったとする共生説について解説した.今回ポジティブコントロールに用いたT. acidophilumは,pH2,60度の強酸高温の温泉中を好んで生育条件とする古細菌であると解説した. 各自が作成したアガロースゲルを用いて,PCR後の試料を電気泳動した.電気泳動中の待ち時間には,電気泳動によるDNA分離の原理と検出方法について解説した. 実験の結果,いずれの受講者もポジティブコントロールのバンドが検出され,試料の調製が成功したことが確認できた.生活環境中試料からの検出結果は,各受講者が,結果の考察と共に全員の前で発表した. 乳酸菌入りヨーグルトでは,真正細菌に相当するバンドが検出され,古細菌と真核生物は検出されなかった.乳酸菌は,Lactobacillus属の真正細菌で,試料としたヨーグルトは,乳酸菌が生きていることを売りにしているので,妥当な結果であった.また,同じくキムチも乳酸菌による発酵食品であり,この実験でも真正細菌のみが検出された.腐敗したミルクティーは,夏場に数日放置したもので,明らかな濁りが見られた.生物種の推定はできないが,真正細菌に相当するバンドのみが検出された.箱根大涌谷の温泉からは,多数の古細菌種単離の報告があるので(文献3),研究項目: 教育研究助成金 研究期間: 2013/4/1 ~ 2014/3/31 研究課題名(和文): 生活環境中に存在する微生物のPCR法による検出 〜教職課程の学生を対象とした生物学実験でのPCR法を用いた実験の導入〜 研究課題名(英文): Detection of microorganisms in our life environment using PCR method. 研究者:(○;研究代表者) ◯根本 直樹 千葉工業大学 橋本 香保子 千葉工業大学 NEMOTO Naoki 工学部生命環境科学科 助教 HASHIMOTO Kahoko 工学部生命環境科学科 准教授 2014 千葉工業大学附属総合研究所 プロジェクト研究年報          Project Report of Research Institute of C.I.T 2014      52

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