※本文中の役職等は取材当時のものです。

英語力不足で卒後、猛勉 アジア人第1号に

「ストレス解消は、釣りや空手で」と管家さん
「ストレス解消は、釣りや空手で」と管家さん

ASME(アメリカ機械学会)公認検査官

管家 基夫(かんけ もとお)氏

(昭和49年、金属工学科卒)

 ASME(アスメ)って、知っていますか? 化学・石油精製や原子力など巨大プラントの製造工程や部品の基準や規格を細かく定めた、メイド・イン・USAの世界的な“技術のパスポート”だ。携わる公認検査官(AI=オーソライズド・インスペクター)は日本に20人ほどしかいない。その第1号が管家基夫さんである。

 AI資格をとって35年。いまでも年間約6万キロは国内を車で走る。「凍土地帯から赤道直下まで、行ってへん国は北朝鮮くらいなもんですわ」と明るい大阪弁で笑う。

 浪速の水で育った。「私立の単科工大では一番古い」と本学へ。下宿へ移る前の1年間、質実剛健で鳴る千種寮で過ごし、小型ながら大阪ナンバーのマイカーをキャンパスで乗り回したという。ぼんぼんだったようだ。一方で、鍛錬にと空手部に属した。

 「でも身体は小さく、相手の突きをかわすのが難儀やった」とか。このため3年生のとき独自に躰道部を立ち上げ、主将に。沖縄空手の流れをくむ、相手の攻めをかわすのをモットーにする拳法である。人気を呼び、空手部員の数をしのいだ。当然、反発を呼ぶ。顧問の先生を介して丸く収めたが、元々まとめる才覚があったのだろう。ところが卒業単位の方が足りず、1年留年してしまった。

 翌年、合金に混ざる気泡をテーマにした研究で無事卒業、機械メーカーへ入った。ほぼ同時に学生時代の知り合いだったいまの奥さんと結婚している。約2年後、「家の仕事を」と父に要請され、大阪へ戻った。

 実家は祖父の代からの鉄工所だ。大阪、愛知、千葉に事業所を構え、大手の製鋼所へ納品。1970年代、市場のグローバル化に伴い、工場単位で必要なASME認証の取得が求められ始める。実家へもアメリカ人のAIが出入りし、「キミも取ったらどうか。私の家に下宿したらいい」と勧められた。身分を損保会社へ移し、妻子を日本に残しニューヨークへ旅立った。ときに28歳。

 「眠る間を削って勉強しましたわ。このときほど英語をやっとくんだったと痛感したことはありまへん」。1年目は言葉を、2年目は膨大な規格習得に精を出した。「下宿先のご夫妻は親身になって助けてくれました。感謝してます」。おかげで試験は一発でパス。アジア人第1号でもあった。帰国後、収入は平社員並みから部長級に上がり、「ホンマにこんなにもろてえんやろかって、ASMEの極東事務所へ問い合わせたくらい」と驚く。

 生活も一変した。検査機関なので実家を含め検査対象の会社などからは独立しなくてはならない。1週間で北海道から関西、さらに九州へとハードな移動も。大型プラントの製造段階審査および出荷承認のほか、火力発電所、コンビナートなど据え付け先での最終完了確認や各製造所の年次監査などに回る。イラン・イラク戦争さ中の1984年、イラク空軍に爆撃されたイラン・ジャパン石油化学(IJPC)の現場にも立った。

 「事故と聞くとドキッですわ。自分の手がけたプラントやろか、って」。幸い、これまでトラブルはないという。

 現場ではその会社の従業員を指導もする。質問に答えられないとき、「キミ、(お笑いの)吉本興業へ行ったらええんとちゃうか」と皮肉の一つも返す。付き合いの長い神戸製鋼所高砂製造所(兵庫県)の遠藤将夫・機器品質保証室長は「モノづくりは真面目でないとダメ。きびしく、優しい親爺みたいな存在です」。

 たまったストレスは釣りや小中高校生へのボランティアの空手指導でほぐす。免許は剛柔流5段。「仕事ともども体の動く間は定年なしで続けます」と管家さん。長男長女は結婚し、妻と次女の3人暮らし。11人の日本人インスペクターを擁する事務所(大阪市)を主宰する。

ASME=米国機械学会
(The American Society of Mechanical Engineers) 米国の機械工学に関する学会かつ職能団体。その公認検査官は米政府機関員としての資格を有し、給与は当該機関経由で支給され、マニュアル審査やマニュアルに沿った工場設計や規格通り製品化されているかなど安全性を現場にて書面、非破壊検査などで監査する。

NEWS CIT 2015年11月号より抜粋